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大阪高等裁判所 昭和55年(行コ)14号 判決 1981年8月06日

控訴人

京都市公営企業管理者交通局長野村隆一

右訴訟代理人弁護士

坂本正寿

小松誠

被控訴人

橋詰忠正

右訴訟代理人弁護士

高木清

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨の判決。

第二主張、証拠

当事者双方の主張及び証拠は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  懲戒処分と分限処分との関係について

懲戒制度と分限制度とは、その趣旨、目的を異にするものではあるけれども、原判決のように、分限免職をなしうるのは原則として公務員の心身の故障の場合に限られ、分限処分が懲戒処分に比して被処分者に有利なことのみを理由として懲戒処分が相当な場合に分限処分を選択することは許されないと解するのは、余りにも杓子定規に両制度の適用範囲を限定し過ぎるものといわなければならない。懲戒処分は、職員の服務義務違反や非行に対し公務員関係の秩序維持のため職員の責任を追及して科する制裁であり、分限処分は、公務能率の維持向上を目的としてなされるものであるが、法文の規定からしても、同一の事由が懲戒事由にも分限事由にも該当することは、十分想定しうるところである。すなわち、懲戒事由とされている職務上の義務違反又は職務の懈怠は、度重なれば、分限事由とされている勤務実績が良くない場合になるであろうし、地方公務員法(以下「地公法」と略称する。)三三条の信用失墜行為は、懲戒事由としての全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合に該当することもあれば、継続する性癖のゆえに、分限事由としてのその職に必要な適格性を欠く場合と評価されることもありうる。したがって、同一の事由が懲戒事由にも分限事由にも該当する場合には、当該公務員を懲戒処分にするか分限処分に付するかは、一般的には、あらゆる事情を総合検討したうえで処分を行う者の裁量に委ねられていると解すべきであり、ただその処分が重大な誤認に基づくものであったり、当該行為と比較して甚しく均衡を失する場合にのみ、違法な処分となるものというべきである。それゆえ、地公法二八条による分限免職をなしうるのは、原則として公務員の心身の故障の場合に限ると狭く考える必要はないし、また、当該行為が懲戒事由にも分限事由にも該当する場合に被処分者に有利なことを理由として分限処分を選択することは、処分権者の裁量の範囲内に属するものと解すべきである。

2  分限事由の有無について

控訴人は、被控訴人の昭和五三年八月五日刃物を持ち出して隣人を脅迫した行為(「本件行為」という。)及び昭和五二年五月一三日職場で同僚とつかみ合いの喧嘩をした行為(「前件行為」という。)をもって分限事由に該当するとしたものである。控訴人が右行為にみた被控訴人の職務不適格性は、物事の解決に短絡的に暴力に訴える傾向であり、その重大性について認識の薄いことであって、その背景には協調性の欠如、自己中心、もめごと争いごとを起こしやすいという性癖がみられる点にある。右のような性癖は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務しなければならない公務員、なかんずく、被控訴人のような安全とサービス精神をモットーとする市バス運転手としては極めて問題であり、同僚職員や乗客との間でもめごと争いごとを繰り返し、時にその解決を暴力に訴えるということであれば、その職に必要な適格性を欠くものと評価しても何らおかしくはない。そして、右のような性癖は、単に職場において職務との関連においてなされた行為のみを材料として判断しなければならないと解する必要はなく、私行であっても、そこに職務不適格性の徴表がみられる場合は、これを分限事由とすることができるものといわなければならない。なお、原判決は、分限免職事由という表現をしているが、降任、休職、免職というのは、分限処分の種類、程度の問題であって、分限事由の種類、要素と考えるべきものではない。

3  控訴人の裁量権の行使について

(1) 控訴人が昭和五三年八月一〇日付で被控訴人に対してした分限免職処分は、京都地方検察庁の不起訴処分以前になされたものであり、右不起訴処分は、本件分限免職処分のなされたことを勘案してなされたものである。

(2) 被控訴人は、控訴人から本件分限免職処分の前に明田一弘らと示談することを勧められたのに、その気はさらさらないと言って応じなかったものであり、控訴人は、右事情も考慮して右処分をしたのである。

(3) 仮に明田一弘にも非があるとしても、刃物(出刃包丁)を持ち出して脅すという行為は、公務員として絶対許容できないものである。

(4) 控訴人は、事情聴取は正確に行い、事実認定にも誤りはなかった。

(5) 被控訴人は、昭和四一年一〇月一五日京都府警察本部長から優良運転手として表彰されてはいるけれども、右表彰は、運転事故による行政処分、司法処分が五年間無かった者すべてに与えられるものであるにすぎず、職務適格性の認定根拠となりうるようなものではない。

以上の事情からすれば、本件分限免職処分は、控訴人の裁量権の範囲内でなされたものである。

二  被控訴人の主張

1  控訴人の右1の法律上の主張は争う。分限処分は、法文上原判決判示の場合になしうるものであり、それを逸脱することは許されない。

2  控訴人の右2の事実上の主張は否認し、法律上の主張は争う。本件行為は、私的かつ軽微なもので、刃物を持った時間は瞬間にすぎず、分限免職の対象とはならない。

3  控訴人の右3(1)ないし(5)の主張も争う。

(1) 京都地方検察庁は、本件行為が軽微であることを考慮して被控訴人を起訴猶予処分にしたのである。

(2) 被控訴人と明田一弘らとの間には、示談成立の可能性が客観的に存在しなかっただけであって、被控訴人に絶対に示談の意思が無かったわけでないことは、のちに示談が成立していることからも明らかである。

(3) 本件行為は、単に刃物を持ち出したというだけのことであり、しかも瞬時の行為である。

(4) 控訴人は、目撃者その他第三者の取調などの事実調査を十分にしていない。

(5) 被控訴人が運転手として不適格であれば京都府警察本部長の表彰はありえず、右表彰は控訴人の意向も徴してされたものであり、控訴人も被控訴人を優良運転手として認めていた。

三  証拠(略)

理由

一  被控訴人の請求原因1(当事者の地位)、同2(本件処分の存在)、同3(本件処分の理由)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  本件処分に至る経緯についての当裁判所の認定は、原判決理由二(原判決一一枚目裏三行目から同一六枚目裏一〇行目まで)と同一であるから、その記載を引用する。ただし、原判決一一枚目裏九行目「橋詰愛子」の次に「、当審証人山田富男」を挿入し、同行「原告本人尋問」を「原審及び当審における被控訴人本人尋問」と改める。

三  控訴人は、被控訴人の本件行為及び前件行為は地公法二八条一項三号にいう「その職に必要な適格性を欠く」ことのあらわれであり、同号の分限免職事由がある旨主張するので、検討する。

地公法二八条一項三号にいう「その職に必要な適格性を欠く場合」とは、当該職員の簡単に矯正することのできない持続性を有する素質、能力、性格等に基因してその職務の円滑な遂行に支障があり、または支障を生ずる高度の蓋然性が認められる場合をいうものと解すべきところ(最高裁判所昭和四八年九月一四日第二小法廷判決・民集二七巻八号九二五頁参照)、前記のとおり、被控訴人とその隣に住む明田一弘及び中尾由造とは相隣関係をめぐりよそよそしい仲となり、たまたま昭和五三年八月五日被控訴人が勤務を終えて自宅近くまで帰って来た際自宅に通ずる幅約三・六メートルの路地に明田一弘が自家用車をとめて洗車しており、被控訴人が「いい加減に車をどけたらどうや。」と言ったことから口論となり、被控訴人は、激昂のあまり、明田一弘及び騒ぎをききつけて出て来て明田に加勢した中尾由造に対し、自宅から持ち出した出刃包丁を約一メートルの距離から突きつけるようにしたが、すぐに我に帰り、傍らにいた妻に包丁を渡して口論を中止したのが本件行為であって、本件行為は被控訴人のバス運転手としての職務とは関連性を有しない相隣関係をめぐる紛争に起因する純然たる私行であるのみならず、行為それ自体も被害者の態度に触発された一時的、偶発的なもので、しかも大事に至る前に自分で中止しているのであるから、本件行為をもって公務員としての職務の遂行に支障を来たすような暴力的傾向の性癖があることの徴表とまでみるのは相当でない。また、原審における被控訴人本人尋問の結果により成立を認める(証拠略)によれば、前件行為は、昭和五二年五月一〇日被控訴人の運転するバスが大嶋司郎の運転するバスに後続して走行していた際、大嶋ののろのろ運転のため被控訴人ものろのろ運転を余儀なくされたことがあり、被控訴人は、大嶋の意識的な追越妨害行為があったと考え、同月一三日京都市バス壬生操車場内の休憩室で大嶋を見かけた際同人にその理由を尋ねたところ、大嶋が返事をしなかったのでその頭を少し押したことから、つかみ合いの喧嘩となったが、すぐに同僚に制止されてその場でおさまり、同月一四日双方が始末書を提出し、直属上司からも双方に注意がされて落着をみたものであることが認められ、右前件行為は、被控訴人の職務と関連があることが明らかであるが、これを被控訴人に公務員としての職務の遂行に支障を来たすような暴力的傾向の性癖があることの徴表とまでみることは相当でない。そして、(証拠略)によれば、被控訴人は、昭和三四年六月京都市交通局に就職して昭和五三年八月本件行為をするまで約二〇年間市バス運転手としての職務を無事遂行して来ており、その間、昭和四一年一〇月一五日には京都府警察本部長から優良運転手として表彰され、また、昭和四九年一一月八日及び同五二年九月一〇日には営業所長の推せんにより京都市交通局の自動車運転手見習研修生のための指導を委嘱されたことがあり、本件行為及び前件行為以外に問題となるような非違行為はないことが認められるのであって、右事実に照らして考えると、本件行為及び前件行為を総合しても、被控訴人が地公法二八条一項三号にいう「その職に必要な適格性を欠く場合」に該当するものとは認められない。よって、控訴人の右主張は採用することができない。

次に、控訴人は被控訴人の本件行為及び前件行為は地公法二九条一項三号の懲戒免職処分を相当とする場合に該当するところ、被控訴人に有利であることを考慮して処分を一等減じ分限免職処分にした旨主張する。

しかし、前件行為は、本件処分より一年以上前の行為であり、事案軽微で当時すでに直属上司の注意により決着のついているものであるから、情状として考慮するは格別、あらためて懲戒処分の対象とすべきものではない。これに反し、本件行為は地公法二九条一項三号に該当し、懲戒権者においてなんらかの懲戒処分をすることができるものと解される。そして、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶかについては、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等諸般の事情を考慮して、懲戒権者が裁量によりこれを決定すべきものであり、裁判所が右処分の適否を審査するにあたっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではないが、もとより、右裁量は、恣意にわたることをえないのであって、懲戒権者の裁量権の行使としてした懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合には、右の処分を違法と判断すべきものである(最高裁判所昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一一〇一頁参照)。

そこで、右の見地から、本件行為をもって懲戒免職処分相当と認定することが裁量権の濫用にあたるかどうかを検討するに、本件行為は、出刃包丁を持出して脅迫したもので、場合によっては殺傷事件にも発展し兼ねない危険な行為であるけれども、前記のような経過で被控訴人自身の反省により大事に至る前に中止され、極めて短時間に終っており、その動機は相隣関係をめぐる紛争にあり、運転手の職務とは関係のない偶発的な私行であること、(証拠略)によれば、被控訴人は、本件行為の翌日上司から被害者のところへ謝罪に行くよう勧められたのに頑にこれを拒み、直ちに謝罪に行かなかったため、明田一弘、中尾由造から京都市交通局及び同局五条営業所に再三抗議及び処分要求の電話があり、これらの事情は控訴人が本件処分をするに至った有力な資料となっているが、その後被控訴人が謝罪することにより、被控訴人と明田一弘との間には昭和五三年九月一五日、中尾由造との間には同月一八日示談が成立し、被控訴人が同人らに会えば挨拶をかわす程度の通常の近所づきあいを回復し、本件行為の刑事上の処分は、銃砲刀剣類所持等取締法違反、暴力行為等処罰に関する法律違反の疑いで書類送検されたものの結局起訴猶予となったことが認められること、本件行為につき、明田一弘、中尾由造以外の一般市民から京都市交通局の方へ抗議ないし処分要求の電話などがあったり、新聞報道があったりしたことを認めるに足りる証拠はないこと、被控訴人は、前件行為のほかには処分が問題となるような非違行為はなく、前記のとおり約二〇年間市バス運転手としての職務を無事遂行して来ており、その間京都府警察本部長から優良運転手として表彰され、また、京都市交通局から自動車運転手見習研修生のための指導を委嘱されていること、(証拠略)によれば、京都市交通局における過去の免職事例は、いずれも職務と直接関連のある行為又は賭博、強制わいせつといった破廉恥行為で本件よりも情状のよくない事例であると認められること等の諸般の事情を考慮すると、被控訴人につき懲戒免職処分を選択するのは、処分として重きに失し、社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の濫用にあたるものと解すべきである。本件処分のあったことが被控訴人に対する起訴猶予処分の一つの情状とされているとしても、そのことが前記認定を左右するものではない。そうすると、被控訴人の本件行為及び前件行為が本来懲戒免職処分を相当とする場合に該当することを前提とする控訴人の右主張は、その余の点について判断するまでもなく、採用することができない。

四  よって、控訴人が昭和五三年八月一〇日付で被控訴人に対してした地公法二八条一項三号により免職する旨の分限処分は違法であり、その取消を求める被控訴人の本件主位的請求は正当として認容すべく、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川添萬夫 裁判官 露木靖郎 裁判官 庵前重和)

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